県立装飾古墳館の近くの古墳を公開していたので見に行きまして
職員の人に、インターネットみたら鉄を探しに来た朝鮮の人と古墳は関係あるかもしれないと書いてあったので、本当ですか?と質問したら鉄や鉄製品は輸入していたそうで、その返礼として交易していたようだとのことでした。
県立装飾古墳館にチブサン古墳のレプリカはありましたが、誰の古墳とかは書いてありませんでした。
山鹿市博物館に移動して10時と2時にチブサン古墳とオブサン古墳の中を公開しているので、中を見てきました。
この日は、菊池川流域の古墳を公開していることもあり、研究している大学生が古墳を目当てに来てました。
ガイドしてくれた人に、朝鮮半島とここの古墳は関係があるのか、聞いてみました。磐井の乱の時は、山鹿は八女の支配地だったようなので関係ある可能性はあるとの事でした。
それと 太古に 山鹿 は 茂賀の浦 という 湖だったと教えてくれました。
チブサン古墳 オブサン古墳に 大人になってはじめてきましたけど、見ごたえありますね。
ここの古墳を調べるのに、朝鮮半島とは無関係では無さそうなので韓国の考古学者や八女の考古学者や中沢新一やガンダムで有名な安彦良和は神話時代のマンガを画いているので彼らを山鹿に読んでシンポジウムやれば面白い話を聞けそうな気がします。